2024年3月17日日曜日

【日記4】ランニングシューズ〜互いの窓に降りしきる

3.10 SUN(13℃/0℃) 未来へ投函


朝から月詠の清書を。
6月号分なので、3ヶ月先の未来へ投函。
ラグビーやるかも、なんて思って靴箱にしまい込んでいたランニングシューズを洗った。

午後からは江古田の百年の二度寝さんへ。
昨年、歌集『自転車修理屋』と『夏ですよ』を置いてもらっていた。
自主制作の歌集を書店に置いてくれるというのはとてもありがたいことで、そのお礼と挨拶、そして次の歌集もお願いしますと伝えることができてよかった。


3.11 MON(13℃/1℃) 「春の嵐」の思い出


職場で流れているラジオから、QUEENの「Teo Torriatte」が流れてきた。
そして昼には曽我部恵一の「春の嵐」が。
「春の嵐」は、2011年に散々聴いた。東日本大震災の直後だったから、悲しくて、心細くて、寂しくて、すがるようにずっと聴いていた。
地震も辛かったし、私生活もきつかった。唯一の希望だった小説も、そんなものを書いているどころではなくて、本当に、どうしよう、と毎日思い悩んで、ずっと、ひたすら、外を歩いていた気がする。
あの頃の生活の辛さ今はないけど、思い出しては、頑張ろうと思える。こうして短歌にたどり着けたことに感謝している。

岡本幸緒さんの歌集『ちいさな襟』を読んだ。
日常の何気ないことでも、つぶさに見つめれば、愛しくて、尊くて、そして切実なものであったとわかる。自分が通り過ぎてしまっていた幾つもの瞬間が、ここに書き残してくれてあったように感じた。


3.12 TUE(10℃/6℃) 『恋愛寫眞』激ハマり時期


久々に音楽を聴きながら出社することにする。最近は本を読んだり考え事をしたりしながら通勤していたので、音楽は聴いていなかった。
初っ端からJackson Browneの「Running on Empty」が流れてきて、思わず走り出しそうになった。映画『フォレスト・ガンプ』で、トム・ハンクス演じるフォレストがアメリカ大陸を横に何往復も走っている時に流れるのだ。

午後からはあいにくの雨。それに合わせたかのように、ラジオからは山下達郎の「2000トンの雨」が流れてきた。この曲は、松田龍平と広末涼子の映画『恋愛寫眞』のテーマ曲だ。
この映画と一緒に世に出た市川拓司の小説『恋愛寫眞』が、のちに映画化されて『ただ、君を愛してる』となった。
僕は最初に『恋愛寫眞』の映画を観た。家の近所にできたTSUATAYAに入り浸っていた頃だから、おそらく高校生の時だったと思う。忘れられない映画で、のちにスペシャルエディションのDVDを買っていまだに大切に持っている。映画の次に小説の方を読み、これもまたハマりにハマって、市川拓司ばかりずっと読んでいた。一人で『恋愛寫眞』に熱狂し、ドラマ版の『六番目の小夜子』で憧れて盛り上がったカメラ熱が再燃して、もうメラメラと燃えて重くて古いフィルムカメラを持って外を歩き回っていた。懐かしい。

帰り、このくらいの雨なら大丈夫だろうと油断して歩いて帰ったら、びしょ濡れになってしまった。スニーカーに新聞紙を突っ込み、ズボンを洗った。


3.13 WED(13℃/7℃) 友達


短歌のノートが昨日の雨でやられていた。新聞紙を突っ込んでおいたスニーカーも乾いていなかった。
靴は偶然洗っていたランニングシューズで出かけ、ノートは手に持って風に当てながら歩いた。

夜、友達から「うこうそくでおわってますわ」というショートメールが来た。
一瞬何のことかわからなかったが、すぐに脳梗塞のことだと思って電話をかけた。
案外に元気な声が聞こえて安心する。土日のどちらかにお見舞いに行くことを約束して電話を切った。


3.14 THU(15℃/2℃) 四つ打ち踏切


妻と一緒に歩いていたら、踏切の音を聞いて「四つ打ち」と言った。
ハウスを愛し、かつてはCDJのセットも一人暮らしの部屋に置いていたほどの人だ。らしい発言で感心した。
家に帰ると「塔」が届いていた。若葉集卒業。来月からは作品2へ。


3.15 FRI(17℃/6℃) 歌集を練り練り


長い1日だった、何がどうというわけではないけど。
2023年に作った1年分の歌をプリントアウトして、歌集の構成を考えながら歩く。歌のひとつひとつを読みながら、たまに手直しして、歩く。


3.16 SAT(22℃/9℃) マックが食べたいって


夕方に友達のお見舞いに。病院へ誰かのお見舞いに行くのは、父親が入院して以来かもしれない。自分も3歳で心臓の手術をした時以来、ありがたいことに入院はしていない。
自分で救急車を呼んだ当日のことや、家族が介護施設にいる母親しかいないので友人を頼っていることなどを話した。元々は僕がカフェバーで働いている時にふらっと寄ってくれたお客さん。車やバイク、自転車が好きで、20歳くらい歳が離れているのに、親しくよく話してくれたし会いに来てくれた。でも、もうバイクも自転車も乗れないかもしれないなんて言う。右半身が思うように動かせないらしい。
今は食事を制限されているそうで、それがなくなったら、マックが食べたいと言っていた。
一緒に食べよう。

次の歌集のタイトルを決めた。
『互いの窓に降りしきる』だ。


今週のアルバム



洗ったら綺麗な色に戻った


百年の二度寝さんで自由律俳句の本を


仕事帰りに妻と待ち合わせて飲みながら歩く


土砂降りの日の目黒川はラフティングのスポットですか?
と言うくらいの激しさだった


仕事で通った


1月に工事業者の不手際で火事を起こされて休んでいたお店が復活!!


ビールうまい、それしか言えない

2024年3月16日土曜日

【月詠】焼きそばの稚魚(「塔」2024年3月号)

「塔」3月号が届きました。
noteの頃から引き続き、ブログでも掲載歌を記録していきます。


まず君が髪おさえたり地下鉄は風に引かれて走る乗り物

なんとなく持ち主に似てきたような君の洗濯物を干したり

キッチンという名の夜の川縁で放流せらるる焼きそばの稚魚

浮いているつもりであごを上げている山手線は流れるプール

坂道を流るる光を遡上する僕にも古い鱗の記憶

卓上のカレンダーもうめくられて星印まで一緒に待てり

「塔」(2024.3)


今回で若葉集が最後となり、来月からは作品2欄へ移ります。
巻末の若葉集を終えての卒欄エッセイも寄せております。

【ネプリ発行】超結社の句会「薪の会」




この度、超結社の句会「薪の会」のネプリが刊行されました。
薪の会では毎月オンラインで句会をしており、今回のネプリはその2月分の選句と選評を丸ごと掲載したものとなっております。
薪の会メンバーでもあり、俳句のための文具ブランド句具でもお馴染みの後藤麻衣子さんが、読む人も一緒に句会を味わっていただけるような編集とデザインをしてくださいましたので、ぜひ「A3・両面印刷(長辺とじ)」でご出力ください。



半分に折れる仕掛け




薪の会はとても自由な集まりで、歌人も数人在籍しています。自分も句会と言いつつ短歌で参加させてもらいました。
俳人でリトルトゥースで、最近は闘魚と暮らし始めた塚本櫻𩵋さんと文フリ東京のブースで隣り合わせたのがきっかけで薪の会に入りました。そのため歌会よりも先に吟行・句会に先に参加するという良い経歴をいただきました。

3月23日までです。よろしくどうぞ。

2024年3月10日日曜日

【日記3】20型のテレビ〜熊谷ラグビー場

3.2 SAT(10℃/3℃) 20型テレビの大きさ


2月29日の日記に〈「春と修羅」は教科書に載っていた〉と書いたが、正しくは「永訣の朝」の方だった。「春と修羅」のことも合わせて習ったが、作品としては教科書に載ってはいなかったと思う。そんなことを本屋で急に思い出して、日記に一言書いておかなきゃと焦った。

妻がおばあちゃんにもらってから昨年まで、約10年ほど使った20型のテレビを、ついに処分した。20型のテレビというのがどれほどの大きさかというと、電車で2駅の家電量販店まで、体の前に両手で抱っこするみたいにして持って行けるくらい、だ。
地デジが始まった当初に買ったものだそうで、当時はとても高かったらしい。確か、妻のおばあちゃんが使い、そのあとに父に渡り、一人暮らしを始めるときに妻が貰い受けた。
約10年、妻と苦楽をともにしたテレビである。
僕の両手の中にすっぽりと収まる大きさで、彼女は世界仰天ニュースや海外ドラマ、スマブラやスターオーシャン、戦国無双などを楽しんだ。マリオカートを一緒にやると、画面が小さすぎてやりにくかったし、リモコンだけが新しくなった時に増えた「dボタン」は、押してもテレビ側にその機能がなかった。
昨年に新しいテレビをやっと買って、ようやく2人でゲームをやるのに苦労しなくなった。青赤緑黄のボタンで投票もできるようになった。
けれど、捨てるに捨てれず、おばあちゃんのテレビはずっとあった。
それを幾ばくかのお金を払って処分してもらった。液晶も割れてしまっているので、リユースには回らず、きっと廃棄処分されてしまうだろう。
長く使ったもの、大事な人からもらったものを、手放すのはなんて切ないんだろう。

その帰り、妻が『とんがり帽子のアトリエ』の話をしていて、最後に読んだところがもうどこか分からないという。たしか、試験の~と言い出したので、そういえばなんで魔法使いって試験ばっかりあるんだろうと思った。
技の伝承の観点からすれば、きっと家や一族の単位、あるいは一子相伝がふさわしい。だけど試験があるというのは、それはもう国家の制度として組み込まれているからだろうなと、歩きながら考えた。ハリーポッターもフリーレンも、ハウルの動く城もそう。
魔女の宅急便は、失われゆくものとして描かれていて少し毛色がちがう。


3.3 SUN(13℃/1℃) 裏紙


夜、近所のお店で牛すじ煮込みを食べていたら、むせた。
七味のうち、四味くらいがいっぺんに喉にくっついた。

幼少期、家に、なんでも書いていい、ぐちゃぐちゃにしてもいい、自由につかっていい紙があったことは、本当に幸せなことだったと思うと妻と話した。
僕の父は仕事で出た印刷物の裏紙を絶やさないようにしていた。それを子どもたちにも自由に使わせていた。
今でも、考え事がまとまらない時は紙に書き出す。そういう習慣がついていて、はっとした時に手元に紙がないと焦る。


3.4 MON(15℃/2℃) ナイトフィッシュ


会社までの道で、「ねむらない樹 Vol.11」を。
大賞受賞作である白野さんの「名札の裏」について、僕は〈名札の裏〉とは自分の胸、つまり自分自身のことだと思った。まだ若くて、真っ白だった頃のこと。一方、選考座談会では大森静佳さんが〈名札の裏って緊急の場合に備えて住所とか保護者の名前とかを書く欄だと思う〉と書いていて、あぁ、そうか!となった。自分もそういう名札をつけていたはずなんだけど、急には思い出せないし思いつかないなぁと。

会社からの帰り道は、第35回歌壇賞候補作の斎藤君「ナイトフィッシュ」を。誌面では10首の掲載だったが、ネプリで30首の完全稿を出してくれていた。
読み応えがあったので、後日きちんと感想をまとめることを決める。


3.5 TUE(9℃/5℃) 鍋の作りおき


帰ったら、妻の作った鍋が。うまい。お代わりしすぎて、多分2、3日分の量だったんだろうなという鍋をほぼ食べつくしてしまう。すみません。


3.6 WED(10℃/2℃) 降雪の影響


朝、駅の電光掲示板で運休のお知らせが流れていた。「青梅線は降雪の影響で」というところまで見えた。
仕事のあとはすぐに会社の近くのファミレスにこもって斎藤君「ナイトフィッシュ」の感想を。4時間くらいこもって、ようやく書けた。
こちらから読めるので、ぜひ読んでみてください。


3.7 THU(10℃/5℃) 5月の文フリ東京


日付が変わった0:02頃、文学フリマ東京の当選のお知らせが届いた。
抽選対象になっていたのでドキドキしていた。ほっと一安心。
あとは香川も抽選対象なので、通るかどうか。
そして秋のビッグサイトでの文フリ東京も、出たい。


3.8 FRI(9℃/0℃) ブラッスリー


朝、雪。


カーテンを開ければ雪という朝が嬉しいままの東京生まれ
2024.3.8  杜崎ひらく


仕事で東京サイクルデザイン専門学校の卒業展示へ。独創的な自転車の展示。素晴らしい。

仕事のあとは初めて行く店「A」へ。看板に「間借りブラッスリー」と書いてあり、週末だけ店舗を間借りしている模様。いつもの飲み屋「S」や「B」でも話題に上がっていたので、ついに行ってみることに。
ブラッスリーはビストロよりもカジュアルで大衆的な居酒屋という感じらしい。
4月から、なんと僕が5年前まで働いていたお店の跡地に入るとのこと。
飲みすぎた。明日の熊谷行きが不安。


3.9 SAT(11℃/2℃) 熊谷ラグビー場


いつもの飲み屋「S」で出会った人に誘ってもらって熊谷までラグビー観戦。
前日のお酒がめちゃくちゃ残っていたけれど、朝ごはんを食べて、適当にお湯でじゃぶじゃぶ出した紅茶を飲んで、着替えて、とやっていたらなんとか大丈夫になった。
電車での移動が長いので腰に湿布を貼って出かけた。
電車が遅れていたけれど、3つほど乗り継いでなんとか待ち合わせの時間に間に合う。久々に出したバッグで行く。岡本幸緒さんの第一歌集『十月桜』の柔らかな紙を繰っていると、たちまち付箋でいっぱいになる。


行き止まりだから哀しい耳の奥 君の言葉は逃げ場をなくす
岡本幸緒『十月桜』(青磁社、2010)


初めての熊谷ラグビー場は、すごくいいところだった。広い土地にドカンと建っているのがまたいい。駅前はバスもタクシーもいっぱいだったので歩いた。ずんずん歩いて、45分くらいかかった。
埼玉ワイルドナイツvs東芝ブレイブルーパス東京。
試合は東芝の10番モウンガのキレッキレのランからのノーホイッスルトライで幕を開けた。ワイルドナイツも取り返し、終始、堅実な試合運びで着実に点を重ねる。
後半に東芝も粘りを見せたが、最後はワイルドナイツに軍配。
帰りは湘南新宿ラインのグリーン席で缶のハイボールを飲みながら帰る。
飲み屋でまだ2回くらいしか話したことのない人だったが、そこでよくよく話して、また誘うね、と行ってくれた。そして、プレイヤーとしても誘ってくれた。
暖かくなった頃に、14年ぶりに復帰できたらいいなと思った。



今週のアルバム



「ねむらない樹」を立ち止まらずに


日が長くなってきた


「ナイトフィッシュ」のネプリは表紙付き

慈しみの鍋


東京サイクルデザイン卒業展示
道姓龍哉さんの作品「maimai」
こちらから詳細が見られます


鶏と長芋のアヒージョ


白インゲン豆とサルシッチャのパスタ


来たぜ、熊谷、久しぶりだ!


初めての熊谷ラグビー場


巨大建造物好き


帰りはしっぽりといい時間

2024年3月6日水曜日

第35回歌壇賞候補作 斎藤君「ナイトフィッシュ」に寄せて

なんて孤独にその一点を見つめているのだろう。その一点とは、人の生と死を分つたった一点のことだ。

最初に読んだとき、本作は「あわい」を描いたものだと思った。救急医療に従事する人から見た緊迫した現場の、しかし泥のように重く暗い夜の底で繰り広げられる、生きると死ぬの間にある途方もないグラデーションを見せつけられている気分になった。


脊柱を揺らさぬように運ぶときわたしの腕はすこしだけ水

まっすぐにもしもしかめよの律動で押せば二回で折れる胸骨

劇薬を受け入れるとき人はみな凪いだ港の桟橋にいる


細心の注意を払いながら人の体を運ぶ様子や、骨が折れることなど気にしていられないほど1秒を争う心肺蘇生。劇薬とは、強烈な鎮痛剤のことだろうか。死や苦痛を回避するための処置が、〈幽明のあわい〉を泳いでいく赤色灯、つまり緊急車両が、次々と詠まれていく。

ところが、読めば読むほど、これはあわいではなく、そのあわいに立って、ただ一点を見つめている人の歌なのだと考えるようになった。

まず、朝が来ない。


朝焼けはたおやかに降る生前と死後の境界線の向こうに


作中、朝が来るのは、  一点を越えた人だけである。〈生前と死後の境界線の向こうに〉朝焼けが降るのであって、生きている者からしたら、こちら側には降らないと捉えられている。仕事を終えて朝を迎えたであろう歌にも、素直に朝を感じさせる語は使われていない。


また頭を下げて静かな帰路につく夜のすべてを使い果たして

寒がりの兎みたいにコンビニの一番端で噛んだ肉まん

透明な光の予感残しつつ舌の温度でチョコがほどける


ただ夜という時間を〈使い果たした〉だけ。この人に来るのは、朝ではなく透明な光なのである。透明な光とは何か、はっきりと説明できないけれど、失われていくものに近い気がする。


現世の時間が溶けてゆくほどにわたしの両手はまた透き通る


〈もしもしかめよの律動で〉心配蘇生を施し、〈カラスウリの花弁を想いつつ〉針を射し、劇薬を投与し、手袋を隔てて〈無言の人の夜の部分に〉触れた両手。〈現世の時間が溶け〉る。生きている人間に流れる時間が、その両手をいったいどうしようというのだろう。なんとなく、無垢なものに近づいていくような気がしないでもない。それは救いのような優しい笑みを湛えているかもしれない。けれど、救うということと奪うということと、その差はどれほどのものなのだろう。

ところで本作を職業詠として読むとき、同僚の存在がほとんど描かれていないことが気になった。救急医療に従事しているならば必ずチームで動いているはずではないか。でも登場するのは、心静止と言われて〈すこし黙ってハイと頷く〉研修医と、〈あと五分早く(中略)起きてくれれば〉と悔やむ原因となったドクターくらいだ。しかも言葉と思いがうまくつながらなかった相手として。


人の死に慣れてしまって今はもう愛猫の死がただただこわい


〈人の死に慣れ〉るほど、日々「死」と真っ向から向かい合うことは、たとえチームでの仕事であっても、誰かと分かち合ったり、数人で負担を分け合うことではないのだ。孤独なことなのだ、と頭が下がる思いだった。そしてもう一つ、ちがう孤独もあるように感じられた。


比喩でなく少年は跳ぶ人類の墓石を模した雑居ビルから

体温と同じくらいの温かさ名前も知らない人のスマホの

知らない人を看取ったあとの国道に水仙ばかりひどくまぶしい


自分ではない誰かばかりが一点を越え、この夜の中に自分だけが残されていく。そんな感覚がもたらす孤独。〈愛猫の死がただただこわい〉のも、自分が残ってしまうからだろう。〈感情を燃やさないこと〉で奥底にしまい込んだものが、吹き出してしまうからだ。越えられない一点。越えてはいけない一点。でもそれを越えていってしまう〈知らない人〉たち。その一点の周りを漂うことしか、「残る」者にはできない。ナイトフィッシュ。真っ暗な夜の底に〈棲む〉魚だ。朝は来なくても、今日もせめて、夜よ終われ。


***

本作は、まず第35回歌壇賞候補作として、誌面に掲載された10首を読みました。そのあとにネットプリントで発表された30首の完全稿+あとがき(「あなたへ」)を読みました。

当たり前に「死」が存在する仕事を、感情を抑えた筆致で短歌に刻みつけています。30首すべてを発表してくれたことに感謝します。

2024年3月3日日曜日

「牛と街灯 5」で私家版歌集の紹介をしています

 大阪の豊中市庄内にあるリトルプレス専門店「犬と街灯」さんで、歌人の牛隆佑さんが仕掛ける私家版歌集フェア「牛と街灯 5」がただいま開催中です。

普段から全国の私家版歌集が集っているお店ながら、フェア開催中の3月1日(金)〜3日(日)はさらに力を入れて、展示やイベントなどもあり、リトルプレス好き、詩歌好きにはたまらない3日間となっております。

僕もゲストリコメンダーとして、3冊の歌集をご紹介しています。

・鈴木雀『エンドロール・ノート』

・瀬志海海『恐竜の生き残り』

・真島朱火『星に願いが届くころ』

僕の書いた紹介文とともに展示されておりますので、ぜひ足をお運びください。


また、拙歌集『自転車修理屋』、『夏ですよ』も、犬と街灯さんに集まったたくさんの素晴らしい歌集とともに、ご購入いただけるようになっています。

あわせてお楽しみください。

2024年3月2日土曜日

【日記2】句会の選評〜詩が生まれてくることの喩

2.25 SUN(5℃/3℃) 雨の日の寒さ


午前中は所属している「薪の会」という句会の選評をする。
超結社の俳人の会だけれど、自分は今回は短歌で参加させてもらった。
月ごとの定例の句会(ネット上でやる)にはなかなか参加できないのだけれど、今回はネプリになるということで頑張って参加。
出来上がるのが楽しみ。

本当は、今日は妻の占い師デビュー日だったのだが、体調不良でイベントを無念のお休み。
他の参加者さんたちにメッセージを送り、たまに咳き込みながら、妻はぼんやりとホットカーペットに座っていた。

夏目漱石『草枕』を読むも、なんだか全然進まない。


2.26 MON(13℃/4℃) 『草枕』を読んだ意味


特に何もない日。
『草枕』はいよいよ終盤。
ぜんぜん、主人公が絵を描かないの。ぐだぐだ言って、なんなんだ! という感じ。
まぁ、たぶん注釈とかをすっ飛ばして目だけで読んでいるからそういう風に感じるのかもしれないけれど。
ただ、主人公の画工、観海寺の和尚、那美の従弟の久一とのシーンの台詞のやり取りに、この小説を読んでいる意味があった気がした。画工がそれまでの話の流れからなんの気なしに〈「支那の方へ御出でですか」〉と聞いたところ、戦争へ招集されたことが明かされるやり取り。そうか、僕はここを読むために、読んだんだなと。


2.27 TUE(11℃/4℃) 選ばなかった人生


『草枕』を通勤の電車の中で読み終える。
〈汽車程個性を軽蔑したものはない。文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏みつけようとする〉とは、『草枕』の最後に久一の出征をみんなで見送るシーンでの一文。
僕もできることなら電車を使わずに暮らしたい。
渋谷駅を毎朝使わないと仕事へ行けないので、仕方なく使っていたが、ここ1ヶ月ほどはなんとしてでも渋谷駅を使わないように心がけていた。
朝は一駅手前の恵比寿から歩き、帰りは家までの全行程を歩くようにしている。
電車を使えば1時間だが、歩いても1時間半で、時間は30分しか変わらない。
いかに遠回りの通勤経路かが分かる。
でも、旅に出るときは電車が楽しい。
自分の勝手さも、よく分かる。

ところで、職場で流れているラジオのテーマが「選ばなかった人生を語ろう」というものだった。
選ばなかった人生かぁ。選ばなかったというよりは、選べなかった人生の方が多い気がする。
人生の大半を小説家になろうとして生きてきたから、極論、今の人生は「じゃない方の人生」とも言えてしまうのかもしれない。
それに、小説家を超える人生の目標にも、まだ出会えていない。
でも、それが、今の自分をとても楽にしてくれている。
小説家になることを諦めてからの日々は、こういう風に生きてもいいんだという気づきの日々だった。
短歌を始めてからはまた少し自分にプレッシャーをかけるようになったけれど、短歌を頑張るということが自分の人生に対して少し針を刺し始めたら、『ハチミツとクローバー』の森田さんのセリフを思い出すようにしている。
〈「何かを残さなきゃ生きてるイミがないなんて、そんなバカな話があるもんか。生きてくれればいい。一緒にいられればいい。オレはもう、それだけでいい」〉
生きることと創作活動とを切っても切り離せないように生きるしかない人のための、お守りのような言葉であると思う。


2.28 WED(14℃/4℃) 推敲が大嫌いだった


Xを辞めるので、好きなもののブックマークリストを作ろうと思い立つ。
ココで見られるので、興味のある方はどうぞ。
好きな書店や雑貨屋があり、今後もどんどん増やしていく予定。

帰り道、ふと自分の短歌に対してこんなことを思った。
これまでは実景に近いものをよく詠んでいて、それをうまく表現できればできるほどよかった。
でも、一度作ったそういう歌から、どれくらい離れていけるかに推敲の楽しさがあるな、と。
小説を書いていた時は推敲が大嫌いだった。なんだか、部活の練習のあとのグラウンド整備、通称「グラセン」(高校時代のラグビー部ではそう言っていた)みたいで辛かった。

でも、一番、やらなきゃいけないことだよな、ということも分かっている。
この日記は推敲も何もないし、ましてや読み直しすらしてないけれど。
もちろん、いろんな文章を書く中で、全てを書ききれないことはある。そればかりかもしれない。そういう時は、断片であることを大切にする。たとえそれが書ききれないことの言い訳であっても、かけらでしかないなら、無理に繋ぎ合わせることもない。
むしろ書ききってしまうことで漏れることの方が多い気がしてしまうのも事実。

そんなことを考えていたせいか、ふと今年の歌壇賞を受賞された早月くらさんの受賞第1作が読みたくなって、「歌壇」3月号を取り寄せることに。


2.29 THU(11℃/3℃) 歌壇賞作品「ハーフ・プリズム」を読む


早月くらさんの歌壇賞受賞第1作を読むために、受賞作「ハーフ・プリズム」を読み直す。
職場やいつもの飲み屋へ「歌壇」2月号ごと持って行って、基本的には歩いたりしながら受賞作「ハーフ・プリズム」を読んでいたら、夏の日々を、精緻に描写した一連のように思えてきた。こんな夏だった、という話を聞いているような気分になったのだ。

それで思い出したのが、宮沢賢治の「蠕虫舞手(アンネリダタンツエーリン)」だった。
30歳くらいの時に仲良くなった人が教えてくれた詩で、最初に読んだ印象について、自分の書いた文章が残っていたので載せる。

なんという描写。ずっと何時間も、飽きずに、水の中の蠕虫を眺めている姿が目に浮かびました。読んでいると、自分まで一緒になって水の中を覗き込んでいるようでした。

まぁ、すごく稚拙な感想だけど、かなり素直な感想ではある。
「春と修羅」は教科書に載っていた。詩と習ったはずだけど、宮沢賢治は自分の書いた詩のことを「心象スケッチ」と称し、「到底詩ではありません」なんて言っている。「春と修羅」のことも。
あんまりいい意味で「心象スケッチ」という呼び名を使っていたわけではなさそうなんだけど、スケッチというからには書き取った、という認識なんだろうけど、書き取るのに必要なのは「目」だし、五感の全て、あるいは+1感。
いろんなことを思い出して止まらなくなったついでに書き出しておけば、神林長平も『戦闘妖精・雪風』の冒頭で〈妖精を見るには、妖精の目がいる〉と書いている。
スケッチが、スケッチの域を超えるとき、そこにはきっと妖精の目があるのだろうな。

夜、「歌壇」3月号が届いた。


3.1 FRI(16℃/3℃) どんな風に解凍した?


「歌壇」3月号を持って出かける。
早月くらさんの受賞第1作「距離のない庭」を読みつつ会社へ行く。
帰りも読みつつ、いろんな道をぐにゃぐにゃと通りながら2時間かけて歩いて帰る。
最近のことを話してくれているような印象。
もちろんそれは〈余白をゆるす言葉と定型の力を借りて、読み手のなかで解凍される〉(「受賞のことば」より)印象である。
いろんな人に「どんな風に解凍しましたか? 解凍されましたか?」と聞いてみたい。

裸眼にはビルも桜もただひかり予感のような夜を見ていた
早月くら「距離のない庭」(「歌壇」2024.3)

連作の中の一首。
眼鏡を外した時、一気に視界がぼやけて物の区別がつかなくなる。
裸眼となり、景色に自分自身を通過させる時、〈ビルも桜もただひかり〉になってしまうように物と物の差異が消える。詩が生まれてくることの喩のようにも読んだ。

いつものごとくすごく長くなったので、土曜日の分は次回へまわします。



今週のアルバム


アイスにメーカーズマークをかけると「大人」な気分になる

この道は「大人」な感じするぜ

砂肝のアヒージョ食べちゃうなんて、なんて「大人」なの!自分!


早月くらさん「距離のない庭」すごく良かった


午前中にアイス食べられちゃうのは「大人」だから。
子どもにはできない。