別れても会えなくなっても見えずとも一度出会えばずっと祝祭/中村森
それで、ふと思い出した歌と対談がありました。
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日/俵万智
言わずと知れた、もうなんの説明もいらない歌です。
そして対談の方は、書評家のスケザネさんによるYouTubeチャンネル「文学系チャンネル【スケザネ図書館】」で2021年7月6日に公開された「俵万智さん登場!サラダ記念日から未来のサイズまで、全6歌集のお話を聞いちゃいました!」というスケザネさんと俵万智さんの対談です。タイトルの通り、俵万智さんの第一歌集『サラダ記念日』から迢空賞を受賞した第六歌集『未来のサイズ』までの全六歌集をたどりつつ、『サラダ記念日』大ヒット後の地獄のように忙しかったエピソードなども語られる聞き応えのある内容です。
その中で、俵さんがサラダ記念日の歌について、〈「本当にたくさんの人がたくさんのことを言ってくれたので新しいことって、付け加えられないかなと思っていた(テロップより)」〉と話すシーンがあります。そのあとは〈「今回、スケザネさんが「記念日」という言葉・概念は、来年も再来年も思い出そうという未来への志向だし、来年、再来年には今日の日を振り返るという未来と過去、両方への視線のある言葉だと位置づけてくれた(テロップより)」〉と続きます。発表当時から実にたくさんの人が言及し、今や国民的一首にまでなって、意見や評や感想など言われ尽くしたであろう歌にもかかわらず、俵さんに「新鮮」と言わせたスケザネさんの「記念日」への着目、その凄さがよく分かる言葉だと思います。
ところで、この対談は「短歌研究」2021年6月号での特集「俵万智の全歌集を「徹底的に読む」」をベースにしています。それを読んだ俵さんが、Xで〈ぜひ読んで「スケザネって何者⁉︎」と驚いてほしい〉と投稿していることからも、読み、そして語り尽くされてきた自分の作品たちを今また改めて、スケザネさんという新しい世代の書評家が〈徹底的に読〉んでくれることがすごく嬉しかったのではないか、なんて思いました。
さて、「短歌研究」でスケザネさんがサラダ記念日の歌の「記念日」についてどう書いているかというと、〈記念日にしようと決意することは、未来に向けた考え方です。つまり、記念日として設定しておくということは、翌年の七月六日にも一緒に祝おうという、今この瞬間から輝かしい未来を見据えている考え方です〉という感じ。僕の好きな小津夜景さんの『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』より原采蘋「十三夜」の章の一文〈思い出すとは過去がここに届くことだ。思いがけない絵葉書のように。〉をそばに置きつつ、〈記念日の設定は、未来において、過去を思い出す準備をしていることでもあるのです〉とし、動画で俵さんが語ったように〈「未来と過去、両方への視線のある言葉だと位置づけ」〉ています。しかし、〈ただし、ここには大きな危険が伴います。それは、未来でも同じ気持ちでこの記念日を思い出せるとは限らない、という残酷な事実です。たとえば、この「サラダがおいしいといってくれた君」と別れたら、どうなるでしょうか〉と、人との間に記念日を設定することの危うさについても指摘しています。うん、確かに、僕にもいくつか破棄した記念日がありますね。笑
でも、スケザネさんは『サラダ記念日』という歌集は〈未来に向けた眼差しが中心〉であって、〈この記念日が思い出したくもない1日になりうる危険性ということはほとんど考えられていない〉と続けます。確かに。でも〈それほどまで、目の前の恋の中に、キラキラとした未来を夢見ることができている〉とスケザネさんはこの歌の魅力を語ります。ただ、僕は、このサラダ記念日の歌一首だけを見るならば、そこには「未来」への視線もないのではないか、つまり、記念日という言葉を使って未来を設定しているようで、実は今この瞬間の輝きだけが詠まれている歌なのではないか、とも感じました。「この味がいいね」と君が言ってくれた喜びの前では、未来すらないのだと。君がそう言ってくれた今、言ってくれた七月六日、その一点、その一日こそが全てなんだという、人を思う強い強い気持ち、そして「幸せ」というものが一体どういうものなのか、「いずれ」とか「かつて」なんて入り込む余地がない、時間も何もない、本当に一瞬のものなんだと、サラダ記念日の歌というのはそういう歌なんだと、そんな風に思いました。『サラダ記念日』は「幸せ」についての歌集である、なんて言ってもいいのかな、とも。
さぁ、そして中村森さんの歌です。もう一度引きます。
別れても会えなくなっても見えずとも一度出会えばずっと祝祭/中村森
〈出会えばずっと祝祭〉ということは、出会えたことがもう嬉しいし、幸せで、祝祭のようにめでたく、そして祝いたいのだ、ということかなと思います。もしかしたら出会ってもないのかもしれないけれど、〈出会えば〉!、その気持ちは〈別れても会えなくなっても見えずとも〉続いていくものだと中村さんは詠います。「出会い」を起点に「別れる」「会えなくなる」「見えなくなる」未来が想定されている、と同時にあるいは「別れた」「会えなくなった」「見えなくなった」現在かもしれず、そうすると「出会い」は過去へと距離をとります。『太陽帆船』という歌集の冒頭には、連作に属さず一人で立っている一首があります。
帆を揚げる 会いたい人に会いに行くそれはほとんど生きる決意だ/中村森
おそらく歌集のタイトルの元となった歌だと思うのですが、〈帆を揚げる〉のが太陽帆船としてということならば、〈会いたい人に会いに行く〉ことがとんでもなく長く、途方もない、そしてチャレンジングな道のりであると想像できます。中村さんにとって、たぶん、人との間にある気持ちや思いは、とても長くて、途方もなくて、ずっと続いていくもの、そんな感覚なのかもしれません。
サラダ記念日の歌では「幸せ」はたった一瞬のことでした。祝祭の歌では「幸せ」は〈ずっと〉続いている。「出会い」を起点として未来へ、あるいは「出会った」過去から現在まで。この二首の「幸せ」は違っていて、でも、人との間に生まれる同じ「幸せ」でもあって、歌が作られた背景は全く違うだろうけれど、「幸せ」というものを思うとき、二つの歌には響き合い、通じるものがあるように感じます。
そして二つの歌を並べ、スケザネさんの書評を借りてみることで、『太陽帆船』のあとがきを自分なりに理解する手がかりにつながったかなと思います。〈『サラダ記念日』の印象からか、野放図に明るい歌の代表といわれますが、その根底には喜びも悲しみもあり、その上で明るさを選択しているのです〉とスケザネさんは書評の最後で言っています。中村さんは『太陽帆船』のあとがきで、〈青色は〉、〈緑色は〉、〈黄色は〉、〈赤は〉、〈紫色は〉と様々な色について述べたあと〈全色発光体の瞳を出したり仕舞い込んだりするばかり。持たないこともくり抜き捨てることもできないままに。〉と言います。思うには、全部見えている、そしてそれらを無視できない、全てこの瞳には入ってくるんだ、ということが言いたいのではないか、だから距離も長いし時間も長い、つまり、様々なことから選び取って歌にするのが俵さんなら、様々なことを様々なまま歌にするのが中村さんなのではないかな、と。俵さんは「記念日」と一点を切り取るし、中村さんは「祝祭」として「日」のようには絞らない。その違いは、歌の生まれた時代の違いでもあるかもしれないし、そうでないかもしれない。確かなのは、どちらの「幸せ」も、今この時代においても「幸せ」として変わらない、ということ。まぁ、そんなところで、とりあえずこの文章の着地をしたいと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。思いついた瞬間になんの準備もなく書き始めてしまったので、この文章には多くの不足があると思いますが、今は、こんなところです。これから中村森論を始めていく前段階としての、さらにもっと手前の、とっても粗々な雑感、あるいは予感、でした。
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