5月19日、文学フリマ東京。無事に出店を終えることができました。実は文フリのちょっと前から高校時代からお付き合いのある気管支喘息が出てました。もう夜も苦しくて眠れないし、仕事も集中できないしで疲労も溜まる中、なかなか思うように回復せず。両隣のブースの方に咳はコロナなどの感染症ではなく喘息であること、かなり咳き込むことがあるのでご迷惑をかけること、などを最初に謝りました。どちらのブースの方も優しい言葉とお気遣いをくださり、あまり肩身の狭い思いをすることなく過ごせたので、本当に救われました。
新刊の『互いの窓に降りしきる』はたくさんの方に手に取っていただけて、感謝感謝です。ブースにいらっしゃった方には、一言二言くらいは必ず声をかけるようにしていて、SNSや何かで僕のことを知っているのか、詩歌をやっている人なのか、などなどささやかながらも交流を持つことができて幸せな時間となりました。その中に1人、最近漢詩をやっているという方がいて、つい前のめりになってしまった。「来てるぞ、漢詩!」と心の中で叫びました。
看板さえイベント側が用意した貼紙に頼ったブース作り
3月末でTwitterを閉じると宣言しつつ、4月以降もDMでのやり取りが完結していないところもあったのでアカウントを残していました。文フリでの宣伝やお礼はやはりTwitterでしかできない面もあったので少しだけ頼ったところ、物の見事にTwitterを再開してしまいました。今後はちょっと距離を置きつつ、気楽にできる範囲でやってみます。
そうそう、文フリ当日に江古田にある「百年の二度寝」の店主さんが歌集を受け取ってくださったので、今年もまたお店に置いていただいております。嬉しい。
嬉しいといえば五反田駅からほど近い不動前というエリアにある「フラヌール書店」さんで作っていただいた棚!
詩歌コーナーで面展開!!
紹介ポップもさることなら、萩原慎一郎さんの『滑走路』を並べていただけたことが恐れ多くもとても嬉しい。『滑走路』は、僕が短歌を始めるきっかけをくれた本。短歌の世界に導いてくれた恩人であると、僕は萩原さんのことを思っています。
抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ
/萩原慎一郎『滑走路』
歌作とはこころの森に棲む鳥の声音に耳を澄ますことなり
/同
創作の活力として君がいる 電車の窓の向こうの未来
/同
ライバルであれども意見交換をしあえる無二の親友である
/同
空を飛ぶための翼になるはずさ ぼくの愛する三十一文字が
/同
文語崩しの口語短歌を作るべく日々研究をしているぼくだ
/同
萩原さんは短歌へ向かう自らの姿勢もたくさん歌に残している。非正規や恋の歌とともに、短歌を愛する者として、1人の詩人として葛藤する姿にも僕は心を動かされたのだと思う。
誰か、僕の歌集の隣から『滑走路』を手に取ってくれたらな。
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