さて、夜だ。
今治の夜。飲もう。飲みに行こう。
旅先で知らない店に飛び込むことほど、脳が働く瞬間は自分にはない。まぁ、普段からあまり頭を使ってないからかもしれないが、それはさておき、知らない土地で、交差点のたびにどちらへ行くかを決め、路地の先に目を凝らし、通りの雰囲気や店のたたずまいに五感の全てを開く、なんなら第六感まで解放するその瞬間、僕は少し発光しているかもしれない。
今回も自身を光らせつつ店を探し(とか言いつつ駅のど真ん前だったが)、ここだな、と狙いを定めてぱっと飛び込んだ。
だが、入るなり予約の確認。予約はしてないと伝えると、「1時間ほどでも大丈夫ですか?」と店員さんが申し訳なさそうに言った。入り口に近いカウンターの一番端に通される。まぁ、仕方ない。ぱっと飲んでぱっと食べて別の店に移ってもいい。何軒かはしごするのも好きだ。
でもね、まさか、17時半に入って、22時までいることになるとは思いもしなかった。
まず生ビールとお通し。僕の他にお客さんはテーブル席に1組だけ。なぜか厨房の奥のテレビで仮面ライダーBLACKが流れていて、それを眺めながらちびちびと始める。1時間ほどで出なければいけないとは思いつつも、初めから急ぎたくはない。
続いて鳥刺し三種盛り。ビールも追加。ささみワサビ、ズリ刺し、キモ。ささみはしっとり柔らかく、ズリはコリコリ、キモはとろっと口の中でとろける。どれも食感が違くて楽しい。食べる順番を変えてみたり、一緒に食べてみたり、箸が止まらない。ビール追加。
続いては本命の焼き鳥。
串打ちせず鉄板に押し付けて焼いた鳥皮は、弾力は保ちつつも、噛めばカリッと音が鳴るほどにパリパリ。塩とタレを選べたので、店員さんにどちらが良いか聞いてタレにした。正解。ほどよく甘く、濃い味のタレが染み込んで、あぁ、これは、白ごはん、欲しいなぁ。でも我慢。ビール追加。
時間の経過とともに、最初は2人だった店員さんが3人、4人、5人と増えた。それに呼応するようにお客さんも次第に増え、あとからあとから予約の人が現れ、ついに予約してない人を断らなければならない状況にまで店が混みだした。
ここらで18時半だ。たった1時間の間にお店は満席。僕も来るのが少し遅かったら入れなかっただろう。
混んできたし、そろそろ行かねば、とビールを飲み干そうとしていたら、「1時間ほどで」と最初に言った店員さんがカウンターの中から僕の方へ近寄ってきて、「あの、さっき、1時間ほどでって言ったんですけど、お時間大丈夫でしたら、良かったらまだ居ていただいて大丈夫です」と言ってくれた。
それならばと、もう食欲は止まらない。
せせり焼き。玉ねぎとポン酢でさっぱりとした味付け。タレのあとにはちょうど良い。
ひっきりなしにお客さんが入ってくるので、入り口に近い席だと寒い。じゃがいも焼酎という珍しいお酒があったので、お湯割りを注文。あったかい。
さぁ、まだまだいこう。軟骨入り月見つくねを頼んだが、ちょっと舌が回らなくて「南極入りつくねつくね」と発してしまう。でも店員さんは笑顔で「はーい」と言ってくれて、無事に軟骨入り月見つくねが届く。
僕が座っている席の横は、レジとドリンクを作る場所に近かったので、店員さんが待機する場所にもなっていた。おかげで注文はしやすいし、終わった皿もサッと下げてくれるし、「なんで仮面ライダー流れてるんですか?」という質問にも「店長の趣味です」と教えてくれた。
20時ごろ、お店の盛り上がりは最高潮に達していた。そしておそらくオーダーの数もピークだっただろう。一瞬も止まることなく全ての店員さんが動き続けていた。一つでも無駄な動きが入れば全てが止まってしまうような忙しさの極みの中、全員がそれを分かり、誰一人ミスしない。激しい動きの中にも、お皿を持ち上げる瞬間の慎重さ、丁寧さは欠かさない。腕はたった今やるべきことを行い、目は次に行くべき場所を見て、頭はその三手以上先へ行っている。
ちょっとだけ落ち着いたタイミングで聞いてみる。
「いつもこんなに忙しいんですか?」
「いつもですねぇ」
「予約しないと入れないですか?」
「ほとんど予約で埋まっちゃいます」
「うわぁ、じゃあ僕めちゃくちゃラッキーでした」
嬉しくてじゃがいものお湯割追加。
すると1時間の時間制限をなくしてくれた店員さんが、僕の前にお茶碗を置いた。
「鯛めしです。せっかく作ったんですけど全然出ないので、良かったら食べてください」
美味しかったなぁ、鯛めし。もう一度鳥皮を頼みそうになるも、我慢して紅生姜入りだし巻き玉子。巻き簾でキュッと形を整えていたが、箸でつかむと崩れるくらいほろほろ。たっぷりの出汁が滴る。量もたっぷり。じゃがいもお湯割追加。
「出汁巻き量多くないですか?」
店員さんが話しかけてくれる。
「私もよく賄いで出汁巻き食べるんですけど、結構お腹いっぱいになります。大丈夫ですか?」
「美味しいからいくらでも食べれます」
なんて、所々で会話も盛り上がる。じゃがいもお湯割追加。
「旅行でいらっしゃったんですか?」
「そうです、東京から陸路で。今日着いて。今治ご出身ですか?」
「あ、私は大学で岐阜からこっちに来てて」
ちなみに鯛めしをくれた店員さんは今治出身だった。
1時間だけって言われたのに、つい食べて飲んで22時。
2軒目はまた今度来た時にしよう、って思いながらホテルに戻った。
外は雪がちらついていた。
