2024年4月7日日曜日

【日記7】3分咲き〜シュガータイム読了

3.31 SUN 3月の最後の日


翌日歌会の日。
桜は3分咲きくらい。
歌会の日は緊張する。自分が主催だとなおさら。参加する人がしっかりと短歌に浸れるように、でも長丁場過ぎて疲れないようにしないと、と考えながらの進行を心がけている。
議論が白熱してきたら、しゃべっていない人にも目を向けてみる。何か言いたそうだったら「どうですか?」と訊いてみたり、じっくりと考えを巡らせているようだったらそっとしておく。成り行き任せで面白くなるのが一番だし、短歌から逸れても、普通に世間話的になっても基本的には軌道修正は行わない。でも、短歌に戻ってこれなくなると良くないので、絶妙なところで引き戻す。そこは司会の特権というか、唯一、人の話に割って入れる力を持っていると思うので、有効的に、会のためになるように使うようにしている。
でも、だからこそ、歌会が終わったあとはけっこう額の汗を拭う感じで、「ほうーーー」と長い息をつくことが多い。
でも、人に時間を使ってもらっていることを考えれば、そのくらいぐったり疲れるくらい、気を張っておかないととも思う。


ただ、この日は歌会のあとに会場近くの公園までぶらぶら歩き、花見をした。
つい二日前に咲いたばかりの桜の下には、近所の人たちがたくさん集まっていた。
僕らもゆっくりと歩きながら桜を見て、最後は池の亀を見た。
再び会場へ戻り、コンビニで買い集めたお酒とつまみで乾杯をして、3月最後の日を締めくくった。


4.1 MON 風になる


職場で流れているラジオから、Lucky Kilimanjaro「風になる」が流れてきて嬉しかった。
〈悩みがちなのは 自分で選ぶのが怖いから 君は風になる 好きを選ぶ勇気をあげる〉
ここの歌詞がめちゃくちゃいいんだ。


家に帰ったら、頼んでいた本がたくさん届いていた。ほとんど小川洋子さんのもの。小説ではなく、対談集。


4.2 TUE 言葉は情動を載せない道具


小川洋子×岡ノ谷一夫『言葉の誕生を科学する』を読み始めたら、出だしからずっと面白い。古本で買ったので、書き込みのある痕跡本だった。前の持ち主と、「ここ、重要だよね」「これはどういう意味なんだろうね」とか一緒に読み進めているようでお得な気分になった。
この本を知ったきっかけは、YouTubeにあった小川洋子さんの関西大学での講演。「小説の生まれるところ」と題して、小説『ことり』がなぜ書かれたか、一文字めを書き始めるその前に一体何があったのか、ということが詳しく語られていて、その中で、ジュウシマツやハダカデバネズミを相手に言葉の起源の研究に取り組む岡ノ谷先生の発言に触れられていたのだった。


〈言葉は情動を載せない道具として進化してきたんじゃないか〉


これは衝撃的だった。
これまで僕はどうにか言葉に感情を載せようとしてきた。どうにか伝わるように、どうにかこの記号たちが記号以上の意味を持つように躍起になってきた。
僕はこの言葉に、言葉とは道具であるという場所に、もう一度立ち帰らざるを得なくなってしまった。
ただ、本書(文庫版)では、小川洋子さんは「文庫の前書きにかえて」で翻訳家の佐藤良明さんのこんな文章を紹介している。


そもそもコトバって、単語でできているのか? そうじゃないだろう。コトバの本体は気であり霊であって、単語の集積として目に見えるものは、生き物として舞っていた言葉を捕獲して虫ピンで留めたものにすぎない。壁の上の言葉をなぞっても虚しい。捕らえられるべきは「舞い」なのである。(『佐藤君と柴田君の逆襲!!』)


果たしてこの「舞い」とは何か。
これは、おそらく、読み手の中にしかない。
読み手の中に生まれる、作り手との齟齬、そこにしかないものではないか。
それがおそらく、「文学」を支える大前提なのではないかと思う。
言葉の不完全さ、一人として同じ人間がいない、そのことが、「舞い」を生んでいる。


4.3 WED 食べるラー油


出勤時以外は雨。
昨日、ここ一週間ほどずっと食べたくて悶々としてた食べるラー油をようやく買った。
どこにも売ってなかったわけではなくて、ただ単に買い物をサボっていただけ。
お弁当に入れて持ってきたら、ものすごく美味しくて、これは常備しないとダメだと思った。


4.4 THU 物語を作ること


小川洋子『シュガータイム』を読み始める。
臨床心理学者の河合隼雄さんと対談の中で、小川さんは、「なぜ小説を書くのか」と訊かれた時にたじろいでしまうことがあるという話から、なぜ人が物語を作るのかということを〈生きていく上で難しい現実をどうやって受け入れていくかということに直面した時に、それをありのままでは到底受け入れ難いので、自分の心に合うように、その人なりに現実を物語化して記憶していく〉という風に語っている。
確かに、異常な食欲に苛まれる『シュガータイム』の主人公も、その食欲が起こった原因について、こうだったのではないか、もしかしたらこれが原因ではないか、というように自分の中に物語を作り上げるようにして、原因を見出そうとしている。
受け入れ難いこと、受け止めきれないこと、なんだかよく分からないことに直面した時、人は自分を納得させる物語を作り出す。
それは生きていくための本能とも言えるかもしれない。


4.5 FRI 接骨院と桜満開


腰と首が言うことを聞いてくれず、仕事中も座っていられないくらいの痛みが出てきたので、接骨院へ。首の可動域が広がり、なんとか助かった、という感じ。
桜は満開。


4.6 SAT 月詠、頑張れ自分


朝に『シュガータイム』を読み終えて、そこから地続きに月詠を書き始める。
今月はスタートが遅い。
どうかなぁ、10首できるかなぁ、と不安。
でもやらないと!!と自分を奮い立たせてノートに向かう。






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